こんにゃくの原料となるこんにゃく芋は、サトイモ科の多年生植物です。
日本への渡来説はまちまちですが、原産地はインドシナ半島と言われていて、農耕文化の北方伝来とともに、サトイモなどと、縄文時代にはもう日本に伝わっていたといわれています。
文学に残る記録では、6世紀頃、中国から薬草として仏教とともに伝わったのが最初だとされています。
当初はもちろん貴重品だったと言われています。鎌倉時代の文献でも仏前への供え物にしたと記されていますし、室町時代の「庭訓往来」という本には‘糟鶏’という名のお菓子として紹介されています。
その後、食用として中国からの移入が盛んになってもこんにゃくを口にできるのは、貴族や僧侶などの一部上流階級の人々だけ。
江戸時代になると栽培も生産も安定し、こんにゃく芋を粉にする技術も考案され、広く作られていたようです。こんにゃくもやっと庶民の味になっていきました。
現在はアジアの一部で少し作られていますが、食用として大規模に栽培しているのは日本だけです。又こんにゃくとして日常的に食べているのも日本だけのようです。
古くは「在来種」「備中種」が栽培されていましたが性質が似ていたため、掛け合わせて品種改良することが難しく、大正時代に中国から「支那種」という種類を輸入して、より栽培しやすい品種ができました。
現在では生産の90%以上を「はるなくろ」(昭和41年)、「あかぎおおだま」(昭和45年)、という改良種が占めています。
さらに平成9年には「みょうぎゆたか」という、より栽培しやすく、生産性の高い品種が登場しています。
こんにゃくの原料となるこんにゃく芋は、サトイモ科の多年生植物です。
日本への渡来説はまちまちですが、原産地はインドシナ半島と言われていて、農耕文化の北方伝来とともに、サトイモなどと、縄文時代にはもう日本に伝わっていたといわれています。
文学に残る記録では、6世紀頃、中国から薬草として仏教とともに伝わったのが最初だとされています。
当初はもちろん貴重品だったと言われています。鎌倉時代の文献でも仏前への供え物にしたと記されていますし、室町時代の「庭訓往来」という本には‘糟鶏’という名のお菓子として紹介されています。
その後、食用として中国からの移入が盛んになってもこんにゃくを口にできるのは、貴族や僧侶などの一部上流階級の人々だけ。
江戸時代になると栽培も生産も安定し、こんにゃく芋を粉にする技術も考案され、広く作られていたようです。こんにゃくもやっと庶民の味になっていきました。
現在はアジアの一部で少し作られていますが、食用として大規模に栽培しているのは日本だけです。又こんにゃくとして日常的に食べているのも日本だけのようです。
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